一諾文化館・中国語教室 
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高野幸枝PHOTO EXHIBITION 開催中
一ヶ月半ほどの準備段階を経て、高野幸枝PHOTO EXHIBITION は無事初日を迎えました。
ここでは、協力してくださった方々にご感謝いたします。



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【2008/12/16 18:48】 | 文化活動 | トラックバック(0) | コメント(0)
けなりもおちた(高野幸枝ブログ)
08.09.24 けなりもおちた

煙草が切れてしまった、今日は買いにいかない。

孤独は必要だって言い切る、それはそれはやさしい言葉をきいた日のこと。


08.09.24 这一刻,我们彼此相通

没烟了
但是今天不去买

因为想起
某天你曾对我说的
那句贴心的话语

人需要孤独

【2008/12/15 14:30】 | 文化活動 | トラックバック(0) | コメント(0)
川くだり(高野幸枝ブログ)
08.10.03  川くだり 

雪解け水と揚子江が混じり合うわずかな場所。流れる温度が違えば別つ。

牦牛船(ヤクの皮で出来た船)に乗った。


08.10.03  顺流而下

雪山融水和扬子江
偶尔的交汇
因温度不同
再度各奔东西

这一天我坐了牦牛船(牦牛皮做的船)。
【2008/12/11 15:53】 | 文化活動 | トラックバック(0) | コメント(0)
午前中の可能性(高野幸枝ブログ)
08.11.09  午前中の可能性

何もない休日を喜べる日は好日。毎日の気分を一年中足して、365日で割ったら平和でちょっと物足りない日になるかもしれない。

08.11.09  上午的可能性

无所事事的休息日
若心情愉悦
便是好日子

把一年中每天的心情相加
再365等分
得到的抑或是
一颗不会过于满负的
平和的心
【2008/12/11 14:25】 | 文化活動 | トラックバック(0) | コメント(0)
十月花(高野幸枝ブログ)
08.09.30  十月花

十月花(シーユエファー)と書いてコスモス。

秋風に揺られながらも咲いているコスモスは、弱くなんてない。細いのに生命力に満ち溢れている。

でも私が彼女のためにつんでしまった。


08.09.30  十月花

大波斯菊
这里叫做十月花
在秋风中摇曳盛开
毫不示弱
纤细的花枝
生机勃勃

我却为了她
摘下了一朵
【2008/12/11 14:22】 | 文化活動 | トラックバック(0) | コメント(0)
マオ(高野幸枝ブログ)
2008.10.5  マオ


猫はマオと呼ばれる。

拾い猫をみつけてしまう。
死んでるものだと、ぞっとして触ってみたら暖かかった。生まれたてと死にかけはよく似ている。

麗江では路上には、菊の鉢が沢山おいてある。子供が鉢を抱えて帰ってくる姿をよく目にした。日本でいう朝顔みたいなものなのかもしれない。

ここでは誰かが亡くなった家の塀には「哀」と書かれた紙が貼られていて、死が近いような感じがする。


2008.10.5  猫

猫在中国被称作mao

发现了几只流浪猫
本以为死了
怯怯用手一摸
还很暖和
初生和将死真的很像

丽江的路旁
有很多盆菊花
经常可见小孩子
抱着花盆回家
那些花儿让我想起
日本的牵牛花

这里
若有人离去
他家墙上便会写一个“哀”字
这一刻
我感觉死亡近在咫尺
【2008/12/11 14:09】 | 文化活動 | トラックバック(0) | コメント(0)
床前明月光
床前明月光  疑是地上霜
挙頭望明月  低頭思故郷

李白の『静夜思』。
中秋節の夜に故郷を思う名句で、中国人なら老若男女を問わず誰もが知っている「千古思郷第一詩」(朱炯遠《唐詩三百首訳注評》より)です。
漢文に詳しい方にとって、文法的に難しいところがなく、簡単な言葉で美しい雰囲気を作り出すといういつもの李白のスタイルだと言えます。

日本語に訳してみると、以下のようになります。
床の先に明月の光
地上に降りた霜かのように思える(疑う)
頭を挙げては明月を望んで
頭を下に向けては故郷を思い起こす

さて、今日はここで「床」の意味について自分の意見を述べたいです。
まず、私が子供の頃に教わった(もしくは勝手に理解しちゃった)のは「ベッド」(現代中国語において、「床(chuang2)」は「ベッド」ですから)。
そうしたら、この詩のイメージは
中秋節(西洋歴の9月下旬~10月上旬)の夜、詩人が窓を開けて、窓のすぐ隣にあるベッドの前に射した霜のような月光をみて、自分の故郷(李白は北の方の出身)を思い出した。
になります。
昔はガラスがなかったから、月を見る為に窓を開けていたんですね。そして、いくら光と言っても、ベッドの先には霜が降りたように感じることって、無理矢理すぎると思っていました。何しろ、私が見てきた霜はすべてガラスにあったのです。

そして、日本語を勉強してから、「床」は「ゆか」だと知るようになって、もしかして、李白の時代にも「ゆか」の意味だったかもしれないと思うようになりました。今の日本や韓国はまだ床に布団を敷いて寝る習慣があるので、ひょっとして中国も「床」→「布団の敷くところ」→「ベッド」になったのではないか、という言い訳を使って今年の9月の授業でなんとかまとめたことは記憶に残っています。

そして、先週、陳老師の授業を傍聴したら、「青梅竹馬」の説明をされたとき、やはり李白の詩句が出てきました。
郎騎竹馬来  绕床弄青梅
明らかに幼なじみの男の子と女の子が庭で遊ぶシーンなのに、「床」?
インターネットで調べたら、それ意味は「井床」、つまり井戸囲のことです。

辞書によると、床は三つの意味があります。寝台、椅子代わりに座るもの、井床。『静夜思』の「床」も歴代にこの三種類の説を主張する人がそれぞれいましたが、私はどちらかというと井床のほうが筋が通ると感じました。

そうすると、『静夜思』のイメージは以下のように変わります。
中秋節の夜、詩人は月を見る為に庭に出た。月光が射した井戸囲を霜が降りたかのように見えて(水回りだから霜に見えますね)、故郷を思い出した。

すっきり!
そういえば、昔の人にとって、井イコール家でした。故郷を離れることは「背井離郷(bei4jing3 li2xiang1)」と言います。

子供の頃からずっと不思議がっていた「床」の意味。これで一件落着です。本当にインターネット時代に感謝しています。
【2008/12/07 20:07】 | 咬文嚼字 | トラックバック(0) | コメント(0)
1/365
高野さんの写真をFlashにしてみました。
http://www.youtube.com/watch?v=zO8apF2QI3A
高画質で見ててね!
【2008/12/04 20:09】 | 文化活動 | トラックバック(0) | コメント(0)
プロフィール

一諾(いちだく)文化館

Author:一諾(いちだく)文化館
中国・シンセン南山商業文化中心区に位置する中国文化教室。

住所:南山区海徳二道文心二路華彩新天地1F(南山海雅百貨裏、ホットヨガ館所在のビル、同じ階にセブンイレブンがあります。)
お問合せは:info@ichidaku.cn
+86-755-2649-5315
+86-138-2886-9415

言葉をはじめ文化・社会・経済など様々な角度から中国を理解していただくと同時に、在シンセン日本人のサポートを提供いたします。

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